意外と知らない横浜

横浜の歴史や事件、関係が深い人物の説明や観光スポットの紹介。

横浜外国人墓地は横浜市内に4ヶ所存在します


横浜には山手にある横浜外人墓地以外に3ヶ所に外国人墓地が存在します。

横浜外国人墓地の案内と説明

 

 

中華義荘(ちゅうかぎそう)

 

中華義荘は横浜市中区大芝台7番地にある墓地の事で、地元では南京墓地と呼ばれています。
その中に建てられた地蔵王廟(じぞうおうびょう)は、明治25年(1892年)に募金により建てられた廟のことである。

安政6年(1859年)に横浜が開港すると多くの欧米人が日本にやってきました。

その中には欧米人に雇われた中国人(清国人)の姿もあります。

彼らは料理人として雇われたり、日本で海産物の買いつけなどの仕事に就いていました。

その後も清国人の数は増え続け、明治5年には130戸もの家が建ち華僑社会を形成するほどになり、現在の中華街の礎となります。

人口が増加するとあたりまえのように墓地が必要となり、山手の外人墓地内に1600㎡の中国人墓地が設置されましたが、やがて手狭になり明治6年3月に現在の場所に移転することになります。

楼門をくぐり石段をあがると地蔵王廟が見えてきます。

中庭を建物が取り囲む廟建築で右の堂には男性、左の堂には女性の位牌があり地蔵王廟の上には六角形の安骨堂(納骨堂)が設置されています。

安骨堂の上が墓地で、面積は3140㎡
昔は土を盛り上げた墓が多かったようですが、今では日本の墓と変わらない墓石が並んでいます。

 

中華義荘への案内 

 

住所
神奈川県横浜市中区大芝台7
℡ 045-641-3201

 

アクセス

 

JR 根岸線 山手駅下車 徒歩20分
市営バス 横浜駅から103系統で山元町2丁目下車 徒歩3分

 

 

横浜根岸外国人墓地

 

横浜根岸外国人墓地は明治35年(1902年) に山手にある外国人墓地だけでは収容しきれなくなったため、山手駅西の山の中腹に新設されました。

横浜市営の墓地で、欧米人や中国人が1202人埋葬されています。

その中には大戦後に日本へ進駐してきたアメリカ兵と日本人女性との間に生まれた子供が800人含まれています。

墓石が建っているのは全体の1/4にあたる300人ほどです。

 

横浜根岸外国人墓地への案内 

 

住所
〒231-0839 横浜市中区仲尾台7-1
℡045-622-6008

アクセス
JR 根岸線 山手駅下車 徒歩4分

 

 

英連邦戦死者墓地

英連邦戦死者墓地は昭和21年(1946年)の終戦後に、横浜児童遊園地に隣接した場所に設置された墓所です。

第二次世界大戦で命を落した英国、オーストラリア、インドなどの英連邦兵士や軍属が埋葬されています。

ユーカリやスギ、ヒノキが茂る深い林の中はとても静かで、緑の芝生が美しい墓地にはおよそ2000の墓標が並び
昭和50年(1975年)5月9日に国賓として招かれた、英国エリザベス女王とエジンバラ公ご夫妻が参拝に訪れています。

 

英連邦戦死者墓地への案内

 

住所
〒240-0025 横浜市保土ヶ谷区狩場町238
℡ 045-731-4208

入園料 無料
開園時間 8:00~17:00
休園日 無休


アクセス

JR 横須賀線 保土ヶ谷駅下車 東口よりバス

神奈中バス 77系統 芹が谷行き「児童遊園地入口」下車 徒歩3分
神奈中バス 戸38系統 戸塚駅東口行き「児童遊園地入口」下車 徒歩3分
神奈中バス 横17・東21・205系統 東戸塚駅東口行き「児童遊園地入口」下車 徒歩3分
横浜市営バス 53系統 平和台行き「児童遊園地前」下車 徒歩3分

 

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Updated: 2015年5月20日 — 2:53 PM


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