意外と知らない横浜

横浜の歴史や事件、関係が深い人物の説明や観光スポットの紹介。

ジェラールが目をつけた山手の湧き水


ジェラール(Alfred Gerard 1837 ~1915)

 

1863年(文久3年)に横浜にやって来たフランス人、A・ジェラールはいち早く山手に流れる湧き水に目をつけます。

山手の湧き水

 

実業家であるジェラールはすぐさま山手77・78番地を取得して、横浜港に出入りする船舶や横浜居留地への給水事業を始めようと考えました。
山手の地に湧き出る水は良質でビール作りにも利用されていたほどです。

当時の横浜市街地にあった井戸水は塩分を含んでいて飲み水としては適していませんでした。
そうしたこともあり丘陵地帯にある山手の湧き水が注目される事となります。

ジェラールは1868年(明治元年)に中村字池ノ谷戸(現 横浜市中区打越)で水源を確保して、山下居留地への供給を始めます。
その後山手77・78番地の水源に地下貯水槽を建設して、そこからパイプを敷設して港まで湧き水を供給しています。
この湧き水はインド洋まで行っても腐らないと評判だったそうです。
また、この施設は横浜に住む人々からはジェラールの水屋敷と呼ばれていました。

現在では横浜市中区にある元町商店街から脇道を進んでいくと元町公園が見えてきますが、園内にはかつての水屋敷の跡地があります。
公園内に設置されているプールの水に利用されていた時期もありましたが、1998年からは市の再整備により、市民に親しまれる元町公園ウォーターガーデンとして開放されています。

湧き水は現在でも1日平均300トンの湧出量を誇り、今尚飲料可能なレベルを保っているそうです。

ジェラール瓦

 

一方でジェラールはこの地に工場を建設して、洋風建築に利用する屋根瓦や煉瓦の製造にも手がけています。
日本では木造建築があたりまえであった当時としては、燃えない煉瓦や瓦は火災に備えるために注目されていたそうです。
やがてジェラールの西洋瓦は横浜居留地を中心に洋館の屋根に利用されていきます。
日本では職人が一枚一枚手作業で製造していた当時に早くも機械生産が行われ、蒸気機関を動力とした機械で製造された瓦はジェラール自身「スチーム・タイル」と呼んでいました。

現在では元町公園ウォーターガーデンの上に建っている元町プールの管理棟の屋根に、ジェラールが手がけた灰色の瓦が使用されています。
建設当時から使われていたわけではなく、多くの横浜市民から寄贈を受けた瓦を1999年に葺きなおしたそうです。

関連記事


スポンサーリンク

Updated: 2015年5月20日 — 3:50 PM


投稿日:
意外と知らない横浜 © 2015 Frontier Theme
/* get_the_modified_time()の結果が get_the_time()より古い場合はget_the_time()を返す。 同じ場合はnullをかえす。 それ以外はget_the_modified_time()をかえす。 */ function get_mtime($format) { $mtime = get_the_modified_time('Ymd'); $ptime = get_the_time('Ymd'); if ($ptime > $mtime) { return get_the_time($format); } elseif ($ptime === $mtime) { return null; } else { return get_the_modified_time($format); } }